約1年ぶりにこそーりUP。
誰にも気づかれないようにこっそりと。
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冴島家の執事ゴンザは、今日も庭の手入れに勤しんでいた。
暦の上ではもう冬。
そろそろ冬の花に植え替えをしなくては。
盛りの過ぎた花を鉢植えから抜き取り、乾いた土と共に広げたブルーシートの上に廃棄した。
「ゴンザさん、何やっているんですか?」
玄関から聞こえた声に曲がった背中を伸ばして、ゴンザは振り返った。
『勝手知ったる勝手』
「これはカオル様。
今、鉢植えの植え替えをしているところです。」
カオルが辺りに目をやると、買ってきたばかりのたくさんの花の苗が芝生の上に置いてあった。
これから時期をむかえる花たちは色鮮やかな蕾を携えて北風に揺れている。
「きれーい!冬でもこんなに色んな花があるんですね。」
まだプランターに引っ越す前の花達。
カオルはそれらを屈んで眺めた。
「ええ。マーガレットにシクラメン、デージー、プリムラ・・・。
冬といえど、お庭が寂しくないように。」
「そういえば、この庭でお花が咲いてないの見たこと無いなー。
ゴンザさんいつもこうやってお手入れしてるんですか?」
「手をかければ花は長持ちしますし、いつもという訳ではありませんが。
そうですね、四季ごとでしょうか。
最近は、カオル様がお庭を描いてくださるので、植え替えがいがございます。」
ゴンザの言葉に、カオルはそういえば・・・と思い起こす。
四季ごとに景色を変えるこの庭は、何度筆を走らせても同じものは一枚たりとて無かった。
写生の場合、気に入った景色を探して歩きまくる訳だけれど、ことこの屋敷の庭に関しては別だった。
ここの景色が何度でもカオルの胸を打つのは、ゴンザの細やかな心配りや想いが庭に息づいているからなのだろう。
ゴンザは肩を揺らして笑いながら、プランターに新しい土を足していく。
「うん・・・。何か手伝います!」
カオルの申し出に最初少し遠慮したゴンザだったが、「私がやりたいの」とカオルが腕をまくったのを見て、その言葉に甘えることにした。
何かと力の要る作業を一緒にこなしながら、カオルはゴンザに訊ねる。
「鋼牙はお花が変わってることに気が付いてくれてた?」
「まさか。
お庭を眺めることもあまりありませんでしたよ。
ですが、近頃はカオル様がいらっしゃるのでよく庭に出てきて下さるようになりましたよ。」
「え、そうなの?
鋼牙はもっとゴンザさんの苦労を知るべきね。重いし、こんなに大変なのに。」
よいしょ、とプランターを抱えてカオルは口を尖らせた。
「・・・ねぇ、それなのにどうして毎年植え替えをしていたの?」
見てくれる人も居ないのに。
本当に大変な作業だ。
土だって重いし、それに毎日のようにゴンザさんがお花の面倒を見ているのを知っている。
水やりだって一日も欠かしたことはないだろう。
けれど、なんてこと無いように、ゴンザさんはメガネの奥の瞳を細めながら静かに答えた。
「・・・ほんの少しでも。
このお屋敷を、鋼牙様が帰りたい、と思える場所にしたくて。
それが、私の仕事なのです。」
あまりにも当然のように言うから、カオルは言葉を失ってしまった。
「鋼牙様からやめろ、とは言われておりませんので続けています。
それもおかしな話ですな。
仕事と銘打ってはいるものの、私の勝手でやっているのですから。」
「そんな・・・!」
「ですがカオル様、誤解しないでください。」
作業していた手を止めて、ゴンザはまっすぐにカオルの目を射抜いた。
「あの方は元来“何もない”ことがお好きなのです。
お部屋を見てもお分かりかと思いますが。
それなのに、私の土いじりを許してくださっているのです。」
それは強い説得力をもって、カオルの心に届く。
そんな風に言われたら・・・。
私のしていることは鋼牙にとって何なのだろう。
マーガレットの苗を抱えたまま、カオルはしばし立ち尽くしてしまった。
鋼牙が“何もない”ことが好きならば、私は鋼牙にとって“勝手”以外の何者でもないのだろうか。
「カオル様。」
「あっ・・はい!」
呆然としていたカオルに、ゴンザが穏やかに声を掛ける。
「それは差し上げます。
どうぞ、お部屋に飾ってください。」
ゴンザは優しい微笑みで、小さな空の鉢植えをカオルに差し出した。
カオルは手の中のマーガレットの苗を、そっとその鉢植えに載せる。
優しく土を足したそれを一度大事に抱えた後、再びゴンザの手伝いに戻った。
綺麗に植え替えがされた庭は色とりどりの花で明るく生まれ変わり、またその景色を変える。
いつしか夕暮れが両手を広げて茜色に染めていた。
「・・・カオル様、私の勝手は、いつか鋼牙様に届くでしょうか?」
ゴンザはブルーシートの上に打ち捨てた、時期を過ぎた花の苗を眺めながら隣にいるカオルに訊ねる。
カオルはブルーシートに歩み寄ると、打ち捨てられた苗の一つを両手ですくい、小さな鉢植えに載せた。
「・・・届いてるよ。
ぜったい、届いてるよ。
だって、私も勝手だから。」
カオルの前に、新しい苗の鉢植えと、打ち捨てられた苗の鉢植えの二つが並ぶ。
ゴンザはそれを見つめて満足げに微笑んだ。
夕闇が辺りを包んだころ、鋼牙は冴島邸に帰ってきた。
一日の仕事を終えて鋼牙が自室に入った時、窓辺に見慣れぬ鉢植えが二つ並んでいるのを見つけた。
一つはみずみずしく、もう一つはしおれかけたものだった。
これを置いた犯人が何を伝えたいのか、鋼牙はしばし考えて思い当たる。
いつもいかに自分が何気なく通り過ぎていたかということに。
誰かの心遣いに対して。小さな命に対して。
コン、コンと控えめなノックに応じて扉を開けると、カオルが気まずそうな様子で立っていた。
「えと・・・あの、ごめんね。鉢植え勝手に飾っちゃった。」
鉢植えに対してどう切り出そうかと悩んでいたが、置いた犯人も同じだったようだ。
「お前の勝手は今更謝るようなものじゃないだろう。
いつも勝手に俺の部屋に物を増やすくせに・・・。」
拍子抜けするほど鋼牙が穏やかに笑ったから、カオルはまたぽかんと口を開ける。
鋼牙は出窓の上に腰かけ、花に触れながらカオルに訊ねた。
「今日、ゴンザと庭の花を植え替えたんだろう?
たまには手を抜けばいいのにな・・・・。
室温ならこいつが復活するか、ゴンザなら分かるだろうか?」
弱々しい葉を指でなぞりながら、鋼牙は「俺なら枯らしてしまいそうだ」と呟く。
「迷惑じゃない・・・?
私いつも勝手なことしてるから。」
カオルの言葉に鋼牙はまっすぐに彼女の瞳を見上げる。
いつも見下ろされてばかりいるから、ただそれだけのことにカオルは少しドキリとした。
「迷惑とは思っていない。
俺は馬鹿だから、お前やゴンザの勝手が必要なんだ。」
なぁーんだ、やっぱり鋼牙はちゃんとゴンザさんの想いに気付いてくれてる。
そう安心して、カオルは全身の緊張が解けたと同時にふっとお腹から笑った。
「ふふっ、そうだね。
鋼牙ってば、魔戒騎士馬鹿だから。」
「調子に乗るな。」
カオルにつられるように笑って、鋼牙も微笑んだ。
「うん、だからね。
鋼牙は安心して、魔戒騎士としての使命を考えてて。
私もゴンザさんもちゃんと勝手に鋼牙のことを考えてるから。」
鋼牙の代わりに鋼牙自身のことを。
魔戒騎士として実直に生きる彼に、勝手で余計な・・・でも気付いてほしい他愛もないことをこれからも。
例えば、庭を眺めて花が変わってるとか、いっそ笑ってしまうくらい何気ないことでも。
「・・・・。
だからだろうか。
この場所に還ると、俺が俺でいられるのは。」
魔戒騎士としての己ではなく。
「そうだよ。だってここは、鋼牙の家なんだもの。」
目の前のカオルの腰に腕を回し、鋼牙はぎゅっと抱きついた。
fin
自分の家だから勝手知ったる~ですよね。
茅様、お元気そうで嬉しいです。
閉鎖に近い当方のブログにお越し下さいましたことを、まずはお礼させてください。
本当にありがとうございます!
そしてコメントまで頂戴しまして、重ねて御礼申し上げます。
一二三のほうこそほっこりさせて頂きました(*´∀`*)
きっと、鋼牙はすごくリラックスした様子なんでしょうね?
(ものすご~く、かっこいい鋼牙を想像できます!)
ゴンザやカオルのそれぞれの「勝手」について、鋼牙とカオルが言葉を交わして心を通わせているところを、こっそり垣間見せてもらえて、こちらも心が温まりました。
お忙しい中でのアップ、ほんとうにありがとうございます!!
お返事が大変遅くなり、申し訳ございませんでした!
こちらこそコメントを頂けるなんて思いもよらず、本当にありがとうございました。
selfish様のところにも遊びにいきたい…そう思う日々です。
時間が出来ましたら、またご挨拶に伺いますね。
コメントに心より御礼申し上げます。
管理人の一二三です。
まずは、お返事が大変遅くなりまして、誠に申し訳ございませんでした!
>もうないかなとあきらめつつ
えぇ・・;(汗)一二三自信「もうないかな」と思っておりましたww
また何かの拍子にひょっこりと時間が出来れば書きたいものもあるのになぁ…と感じる日々です。
「もうないかなとあきらめつつ」また年に1回ほど覗いていただけましたら幸甚に存じます。
この度はコメント誠にありがとうございました。
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